「粋料亭 助六」は大垣で昭和25年、先々代の中村直人が創業いたしました。以来、70年余の年月がこの大垣で経過いたしました。 「助六」という名前は、創業者の直人が大の歌舞伎ファンだったことに由来します。歌舞伎十八番「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」通称、助六にちなんでつけられました。その後、皆様に愛されながら長い年月を経て、現在に至ります。現在は料理長 中村秀之、若女将 中村智景を中心として「料亭文化を守ってゆく」こと「日本文化を継承してゆく役割を果たす」こと「西濃の応接間となる」ことこの3点を助六の理念とし、日々営業しております。
助六のある大垣市は、岐阜県の西濃地方に位置する市の一つです。県庁所在地の岐阜市に次いで県内第2位の人口を擁しており、西濃地域の中心的存在です。 水の都として有名な大垣市は、古くから木曽川、長良川、揖斐川などの堆積作用によって陸地化が進んだため、一帯に地下水盆が形成され、豊富な水資源に恵まれた土地となっており、市内にはいたるところに風情ある川の流れを見ることが出来ます。 また、大垣はかつて揖斐川、水門川、杭瀬川などの河川を利用した舟運が盛んでありました。このような歴史に加え、地下水や自然の保全を活かしたまちづくりが認められ、平成7年に国から「水の郷100選」のひとつに認定されました。 「大垣」の地名が誕生したのは1340年(暦応3年)の「大井荘華厳会料名寄帳」という文書に記された「大柿」で、以来「大垣」と「大柿」が 併用されたそうです。1535年に大垣城が築城され、1600年の関ケ原合戦では西軍石田三成の本拠地となりました。 大垣に行ったら水都の風情を楽しめます。松尾芭蕉も愛でた川沿いの風景を歩いてその歴史と自然を楽しめます。また、大垣は松尾芭蕉の「奥の細道」結びの地であることから、市内には「奥の細道むすびの地記念館」などで彼の歴史に触れることもできます。